2018年1月21日日曜日

「娘に仏様の手がついた」

 池田大作の色狂いは、よく知られている事実である。全国各地にある創価学会の施設に
は、池田専用の豪華な部屋が作られており、池田がそこに泊まる際には、表向き「秘書」
ということになっている女性二人も同行し、「奉仕」していたとか、池田が地方に視察等
の名目で訪れる際には、現地の女性学会員が性接待していたとか、池田の〝お手つき〟に
なった女性の中には、その後、公明党の国会議員に出世した者もいるとか、この種の話は
枚挙にいとまがない。

 健康な頃の池田大作の性欲は、それこそバケモノじみたものだったのである。今回は、
池田と関係した女性の中から、特に有名な二人について述べる。

 上田京子氏(旧姓宮本)は、もともとは大手出版社に勤務していたのだが、その美貌を
気に入った池田大作が、創価学会の財力・組織力を利用して家族ぐるみ口説き、モノにし
た。元公明党都議会議員・藤原行正氏が「週刊文春」(1988年9月1日号)に発表した手記
に、そのいきさつが記されている。


>  彼女を女子部の会合で見初めた池田は、北条浩(前会長)に、「あれを本部に入れ
> よ。第一庶務にする」
>  と命令した。早速北条氏は彼女に会い、会社を辞めて、学会本部に入るように勧誘
> した。
>  しかし彼女は当時の勤務先でとても大事にされていたので、会社を辞めるとは言い
> 出しにくかった。そこで北条氏はこれも池田の指示により、宮本京子さんの父親に会
> い、
> 「会館の管理人として、一生、いや孫子の代まで衣食住の面倒を見るから」
>  と口説いたのである。
>  そうした経済的条件に加えて、
> 「池田先生は現代の仏様である。仏様にお仕えすれば最大の功徳がある。そむけば罰
> をうけることになる」
>  と暗に恫喝さえしたのである。


 「池田大作のごときエロ爺が仏のわけあるか」と言いたくなる話だが、『人間革命』等
を通じて洗脳され、池田を生き仏のように崇めている創価学会員に対しては、引用中の北
条氏の説得は効果を発揮し、宮本京子氏は学会本部に採用され、第一庶務に所属して池田
に奉仕することになった。

 その後、池田は宮本京子氏に飽きたのか、彼女を側近の一人だった上田雅一氏に、妻と
して下げ渡した(上田氏は学会本部の「特別書籍」に所属し、池田の講演原稿や書籍を代
筆するゴーストライターの一人だった)。

 ところが、結婚して上田京子になった後も、池田は彼女に身辺の世話をさせ続けた。他
の女の口紅がついた池田のパンツを洗濯させられること等について、京子氏は夫に不満を
述べ、上田雅一氏もさすがに耐えかねたのか、他の職員に池田への恨みを話したので、こ
の件は本部職員のほとんどが知るところとなったという。


 池田大作のお気に入りだった女性の中から、もう一人とりあげる。
 大島節子氏(旧姓高橋)は、その派手な振る舞いから、往時、創価学会内部で「熱海研
修所の女王」と呼ばれた女性である。

 創価学会の熱海研修所は、事実上、池田の別荘となっている施設であり、節子氏は池田
に見初められて両親ぐるみで、その管理人として採用された。

 池田大作は一時、節子氏にぞっこんとなり、熱海研修所の豪華専用施設に入りびたりに
なったという。

 上述の上田京子氏は大人しい女性だったようだが、大島節子氏は池田大作との関係を誇
示し、池田からのプレゼントを他の女性学会員に見せびらかしたりした。
 また、彼女の父親も「娘に仏様の手がついた」と、周囲に自慢した。

 やがて、「熱海研修所の女王」の存在は雑誌記者等の耳にも入り、望遠レンズを持った
カメラマンが熱海研修所の近辺に張り込むようになり、創価学会としてもスキャンダルの
発覚を防ぐために動かざるを得なくなった。

 このとき対応したのは、池田大作が大蔵商事(高利貸し)の営業部長だった頃からの腹
心、中西治雄氏である。中西氏は、聖教新聞記者だった大島光明氏を、節子氏と結婚させ
た上で栃木に赴任させ、事態の収拾を図った。

 ところが、しばらくたってほとぼりがさめると、人妻となったはずの大島節子氏は、池
田の指示で再び熱海研修所に呼び戻され、元の状態に戻ってしまった。これには中西氏も、
「何のために苦労したのかわからない」とボヤいていたという。


 池田大作の〝お手つき〟を妻とした上田雅一氏・大島光明氏は、忠誠心が認められたの
か、異例の速さで出世し、若くして副会長に抜擢された。

 だが、一人の男としては、内心忸怩たるものもあったのではないだろうか。
 藤原行正氏は、先に引用した手記に次のように続けている。


>  このように、気に入った女性に目をつけると、家族ぐるみ創価学会職員としてかか
> えこみ、第一庶務や女子部幹部にとり立てる。そして多少あきてくると側近幹部に下
> げわたし、それでも気がむけば呼びつけて、身辺の世話をさせる。その夫は議員にし
> たり、幹部にして取り立てる、というのが池田のやり方なのである。
>  もちろん中には、妊娠させた果てに、堕胎させた例もある。何代か前の女子部長が
> そうである。また、自分の子を側近幹部の子として育てさせている例もある。こうし
> た形の他にも、幹部の妻に手をつけるということも少なくない。
>  池田にとって男女関係は欲望を充たすことであると同時に、側近の忠誠心を試した
> り、プライドをへし折って自分に従わせるための手段なのである。
>  一方で女性会員の中には、池田崇拝が高じて、池田と握手すればその手を洗わない
> とか、池田が死んだら自分の命もないんだと思い込んでいるひとも、実際にいるので
> ある。


 創価学会には、信心の目的を示すものとして「永遠の五指針」というものがある。その
第一は「一家和楽の信心」とされている。

 しかし、池田大作のお下がりを妻とすることを強要されたり、あるいは妻を池田への性
接待のために差し出さざるを得なかった男性学会員にとって、「一家和楽の信心」という
言葉には虚しい響きしかないだろう。

 池田に逆らえば、地位や収入を失うことになりかねない、「仏敵」認定されてどんな仕
打ちをうけるかわからないことから、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだのではある
まいか。

 脱会した元学会員の中には、池田の女漁りの醜悪さを見て幻滅した者も多いという。元
教学部長で側近でもあった原島嵩氏のように、「生理的嫌悪を感じる」と、池田本人に面
罵して去った人までいる。

 上述したような実態は、過去数十年にわたって週刊誌等が取り上げてきたのだが、ほと
んどの学会員は「そんな話は全部デマ」と思い込み、現在もなお、池田大作を「永遠の師
匠」「末法の御本仏」として崇拝しつづけている。

 現代社会ではインターネットが普及し、様々な情報が入手しやすくなった。学会員の皆
さんも、もうそろそろ洗脳から解放されて、聖教新聞等の創価学会メディアが報じてきた
池田大作の姿は虚像に過ぎないと、気づいてもよいのではないだろうか。

 もっとも「娘に仏様の手がついた」とのたまうような連中に、何を言っても無駄なのか
もしれないが……。

2018年1月14日日曜日

虚仏への供物

 創価学会は元来、日蓮正宗の在家信者団体だった。学会員たちは、間に創価学会をはさ
む形で、日蓮正宗の信徒にもなるという形をとっていたのである。

 日蓮正宗の教義では、日蓮こそが「末法の御本仏」であり、池田大作などは一信徒団体
のリーダーに過ぎない。

 しかし、巨大教団を率いて莫大な金を集め、公明党をも意のままに支配できることに慢
心した池田は、自らを日蓮の再誕として崇拝させることで、絶対的な権力をさらに確固た
るものとし、日蓮正宗をも支配下におこうともくろんだ。そのために「池田本仏論」なる
個人崇拝を、学会内部に定着させようとした。

 多くの日蓮正宗僧侶は、「池田本仏論」を重大な教義違反と見做し、創価学会と日蓮正
宗の間に抗争が生じた。昭和52年(1977年)頃から、創価学会は会員に対して「寺院には
行かないように、お布施もしないように」と呼びかけた。

 日蓮正宗側は末端の創価学会員に対し、「今の創価学会は謗法だから、創価学会をやめ
て寺院直属の信徒になるように」と働かけた。その結果、数十万人の学会員が脱会し、日
蓮正宗直属の信徒となった。

 この時は創価学会が日蓮正宗に屈服し、池田大作は会長を辞任(昭和54年〔1979年〕4
月24日)、日蓮正宗の細井日達法主に対して、「院政をしくようなことはしない」と確約
させられた。

 以上が、日蓮正宗と創価学会との第一次抗争のおおよその顛末である。
 だが、池田はこれで引き下るような男ではなかった。同年5月ごろから復権を画策しはじ
め、折あしく細井日達法主が同年7月21日に死去したこともあり、再び影響力を行使するよ
うになる。

 もっとも、学会内部での権力を完全に取り戻すまでには、集団指導体制を望む幹部との
確執などの紆余曲折もあったようである。

 また、山崎正友氏・原島嵩氏という大幹部が造反したことや、日蓮正宗の改革派僧侶た
ちが「正信覚醒運動」と称して、創価学会なかでも池田大作の教義違背に対して厳しい批
判を続け、学会員の中にも動揺する者が少なからずいたことから、こうした動きに対して、
創価学会としても敏感にならざるを得なかった。

 以前引用した「代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3代
会長の任に就きましたが私などを絶対視してはならない」(『聖教新聞』昭和55年4月2日
付)という池田大作の言葉は、日蓮正宗僧侶の批判に応えて「池田本仏論」を全面的に撤
回する、事実上の敗北宣言だったのである。

 『人間革命』も改訂を余儀なくされ、「池田本仏論」につながる記述は書き改められた。
 しかし、これで創価学会から、池田大作への個人崇拝が一掃されたわけではない。形を
変えた個人崇拝復活に貢献し、その功績で出世した人物がいる。現創価学会理事長・長谷
川重夫氏である。

 長谷川氏は、創価学会本部で第一庶務室次長を務めていた昭和60年(1985年)に、副
会長に抜擢された。当時の第一庶務室長は、同じく副会長であった鈴木琢郎氏だったが、
池田大作に重用されていた長谷川氏の方が、権勢は上だったという。

 ※ 創価学会本部の第一庶務室は、池田大作の身の回りの世話や、秘書業務を担う。学
  会本部において、一番のエリート部署である。池田のハーレムに囲われている女性も
  第一庶務に所属することが多いという。

 長谷川氏が抜擢されたのは、池田大作と末端の学会員とが、直接結びつく仕組みを確立
することに貢献したからである。元公明党都議・藤原行正氏の著書から、長谷川氏の実績
について述べられた一節を引用する。


>  長谷川は副会長になる前から、池田に気に入られるために頭を絞り、池田名誉会長
> 直結運動なるものを考え出した。
>  このゴマすりアイデアによって池田大作は学会員と自分を直結させ、池田崇拝の空
> 気をさらに強固なものとした。それまで地方の幹部にとって池田名誉会長は雲の上の
> 存在であった。その彼らが本部の長谷川を訪ねると、彼の手配で池田に会える。思い
> がけず池田先生に会え、激励の色紙までもらった幹部たちは感激して帰って行く。そ
> れがこの直結運動のまず第一段階であった。
>  地元に帰った学会員は「長谷川さんの口ぞえで池田先生にお会いできた」と胸を張
> って自慢した。それが口コミで広がり、その末に「池田先生への贈り物を持って、長
> 谷川さんのところへ行けば名誉会長に会える」という情報が学会全体に定着し、地方
> 幹部たちは先を争って長谷川詣でをはじめたのである。
>  噂はさらに広まり、やがてみんなが何か持って、池田先生を訪問するのが信心の上
> からも大事なんだという風潮が学会全体に徹底され、大した役職でもない地方支部長
> や一般学会員までが本部詣でを開始した。池田は長谷川に案内されてきた彼らとにこ
> やかに応対し、学会員が持参してきた貢ぎ物を受け取る。その貢ぎ物のなかから高価
> な品だけを自分の取り分とし、残りは「先生から」として、池田詣でををした別の学
> 会員たちへの〝プレゼント〟に使うのである。
>  学会員からの貢ぎ物を右から左へ流しただけで、池田は「江戸っ子で気前のいい名
> 誉会長」という一般会員からの尊敬を高めたわけである。
>  五十九年後半から活発化した、この池田詣で現象はあらためて学会における池田大
> 作の存在感を内外に宣伝する大きな効果を生んだ。その功績で長谷川は副会長ポスト
> まで引き上げられ、池田は何もしないで学会員と直結するシステムをつくり上げるこ
> とに成功した。その上で、池田は幹部全員の揃った場所で長谷川を褒める。
> 「長谷川は学会のことをよくわかっている。会員と私を直結させようというのはいい
> やり方だ」
 (藤原行正著『池田大作の素顔』より引用)


 長谷川氏はその後、第一庶務室長に昇進し、その職を長く務めた。
 『池田大作の素顔』が出版されたのは、平成元年(1989年)のことだが、創価学会員に
よる信濃町の本部詣では、今でも盛んに行われており、池田大作への貢ぎ物を扱う専門の
建物まで信濃町にはあるという。創価学会総本部「広宣流布大誓堂」の北隣にある「接遇
センター」がそれである。

 元公明党委員長・矢野絢也氏の著書から、比較的最近の状況を描写している一節を引用
する(矢野氏が創価学会を脱会したのは平成20年〔2008年〕であり、批判本の出版はその
翌年からなので、以下の情景は、少なくとも今世紀に入ってからも該当する出来事と思わ
れる)。


>  何かの記念日があれば、地方の会員は大挙して東京に馳せ参じる。
>  たとえば五月三日は池田氏の会長就任記念日でもあり、「創価学会の日」として何
> よりも大切な日である。こうしたとき、地方本部は会員に対して、
> 「東京へ行って池田先生にお礼を差し上げよう」
>  という呼びかけを何度も行う。何人東京へ送り出したかで県の幹部の「勤務評定」
> が決まるため、彼らとしても必死だ。自分の担当組織で一人一万円ずつ、といったよ
> うに寄付を集め、何人かを引き連れて上京する。
>  新宿区信濃町の学会本部周辺には、学会関連の会館が林立している。それらの会館
> の前にはテントが張ってあり、「接遇班」の人間がズラリと並んでスタンバイしてい
> る。上京してきた会員たちは集めてきた寄付に、手紙やお菓子などを添えて彼らに渡
> す。班員は彼らの名前を聞いて、一人ひとり記録する。「ご苦労様でした」というこ
> とで記念品が手渡される。
 (中略)
>  寄付を終えた地方会員は本部周辺の会館を案内され、各会館の仏間でお題目を唱え
> て、
> 「ああ今日はよかった。いい日だった」
> 「池田先生と気持ちが通じた」
>  と満足して帰っていく。実際に会ってはいなくとも、気分としては池田氏と身近に
> 接したも同然なのであろう。池田氏にお礼を差し上げ、記念品をもらったことで、心
> と心が触れ合った心地になる。
>  このようにあの手この手で、会員一人ひとりが池田氏との連帯感を持てるような仕
> 組みが構築されている。彼のカリスマ性を現場に浸透させ、根づかせるための、幾重
> ものシステムが築き上げられているのである。


 本部詣でをする末端学会員に対し、池田大作が面会することは、現在では不可能だろう
が、それでも〝池田先生との絆〟を演出する工夫がなされ、池田大作は今なお一人ひとり
の学会員の心の中で、彼らの理想を体現する「偉大な指導者」として息づいているのだ。

 実は、この池田センセイへの貢ぎ物が、国の政策にも影響した例があるという。ジャー
ナリスト・古川利明氏は、著書で以下のように述べている。


>  学会員は、この接遇センターで数万円単位の献金をすると、その御礼という形で、
> 献金額に応じて、学会が発行する金券が渡される。そしてこの金券は、三色ステッカ
> ーの貼ってある信濃町商店振興会加盟の商店で利用できるというわけだ。
>  ちなみに、自民党から公明党に対する事実上の「国対費」として、十五歳以下の子
> 供を持つ世帯主と六十五歳以上で老齢年金の受給者などに一人あたり一律二万円支払
> われた「地域振興券」の発想の原点は、この学会発行の「金券」といわれている。
 (古川利明著『システムとしての創価学会=公明党』より引用)


 この地域振興券は、平成11年(1999年)に七千億円もの国費を投じて、対象となる世帯
に配布された。この政策は、当初から税金の無駄使いとの批判も多かったが、公明党との
連立を模索していた当時の自民党が、その要求を飲んだことにより実現した。

 「天下の愚策かもしれないが、七千億円の国会対策費だと思って我慢してほしい」とは、
連立実現のために工作していた自民党の野中広務氏の言葉である(魚住昭著『野中広務
差別と権力』による)。

 カルトのバカげた個人崇拝に付随する慣行を、国の政策として取り入れるなど、「天下
の愚策」どころの話ではない。言語道断の愚行である。

 現在の創価学会は日蓮正宗と縁を切り、誰はばかることなく「代々の会長を神格化」す
るようになった。現在の創価学会会則では、池田大作を含めた第三代までの会長を「永遠
の師匠」に祭り上げ、なかんずく池田については「先生は、仏教史上初めて世界広宣流布
の大道を開かれた」などと持ち上げている。

 「仏教が世界宗教として発展したのは池田大作の功績だ」と言わんばかりの文言であり、
こんな与太を真に受けるのは創価学会員だけであろうが、池田をあたかも釈尊や日蓮と比
肩しうる人物であるかのごとく宣揚し、「絶対視」することにつながりかねない表現であ
る。池田への個人崇拝を教義の中核に位置づけたものといえよう。

 創価学会のような異常なカルトが、公明党を介して国政に影響力を保持している現状は、
どう考えても日本のために望ましいとは思えない。

 自民党には保守政党としての矜持を取り戻してほしいし、野党も「弱者を守る」という
革新政党としての理念を示し、創価学会のような搾取と人権侵害を行うカルトを国会の場
で糾弾してほしいものである。

2018年1月7日日曜日

池田大作への個人崇拝の実態

 これまで述べてきたように、創価学会では池田大作名誉会長が〝末法の御本仏〟として
神格化され、信仰の対象に近い存在となっている。

 池田大作は、末端の学会員の前では理想的な指導者を演じてきた。創価学会の公式の教
義では、日蓮が〝末法の御本仏〟だが、実際に学会員たちが信奉しているのは、池田大作
というフィルターを通した日蓮の教えである。

 彼が、外国の政府や大学から勲章や名誉学位を授与されると、聖教新聞では一面トップ
で報じ、それを見た学会員たちはわが事のように喜び、誇らしく感じる。

 多くの学会員は池田大作の言葉を日蓮の言葉と同じように信じ、自らの理想像を彼に投
影し、心酔しきっているのだ。

 我が子が生まれた際に、男の子であれば「大作」や「伸一」、女の子であれば「伸子」
と名づける学会員も多い(池田大作が『人間革命』『新・人間革命』に「山本伸一」とし
て登場することから)。

 池田大作への個人崇拝の実態について、関係者が述懐している例をいくつが引用する。
 創価大卒の芸人、長井秀和氏の匿名での著作『創価学会あるある』には、学会員の信仰
姿勢が詳述されている。その中から折伏等の成果が上がらない時、学会員がどう振る舞う
か述べられた箇所を引用する。


> 第3代会長で名誉会長である池田先生が学会行事やイベントにくることは、学会では
> この上ない誉れである。そのため、日夜学会員が集まり、唱題をあげまくったり、折
> 伏に勤しんで通常より多くの成果を上げて、学会本部に報告するということをやる。
> 成果が上がらないときは、「先生と心が合っていないから、唱題もあがらないし、折
> 伏もできないんだよ。先生を求める気持ちが足りないんだ」とハッパをかけられ、鬼
> 気迫る勢いで活動をするというのが、学会員の思考、行動パターンである。現実的に
> は、地元の支部総会などに池田先生がくることはなかなかない。当日に池田先生のメ
> ッセージが届き、それを聞いて、会員はさらに活動に邁進するのである。


また、同書の別の箇所では、以下のように述べられている。


> 学会員は基本的な姿勢として、池田先生と心を合わせて、祈り、行動しようとする。
> 創価学会では、池田先生が大先輩であり、大先生であるので、先生の心と合わせて人
> 生全般に当たっていこうとするのだ。たとえば、女子部は子作りのときでさえ、「先
> 生のため、広布のために人材を産ませてください」と祈りながら営む……というのが
> 理想なのである。しかし、つい情愛に流されて学会内で不倫なんてこともある。宗教
> 者とはいえ、そこは人間。普通に楽しんでいる場合もあったりする。


 お笑い芸人が書いた本ということもあり、冗談めかして書かれている。だから、いくら
か割り引いて考える必要もあるかもしれないが、それにしてもキチガイじみている。こう
いう頭がおかしいカルト信者が日本中に数百万人もいると思うと、暗澹たる気分にさせら
れる。

 ジャーナリスト・山田直樹氏の著書『創価学会とは何か』にも、池田大作への個人崇拝
に関する逸話が紹介されている。創価学会の元幹部に取材したという、その内容を以下に
引用する。

>  池田氏はよく会員の前でピアノを弾くが、これも鍵盤を叩くだけで、実際には自動
> 演奏のピアノだったり、うしろからメロディーを流しているのだそうだ。それでも女
> 子部員たちは感激で、涙、涙なのだという。
> 「池田が訪れる会場周辺の花を咲かせるという古典的な演出もあります。期日に合わ
> せ、地元の人が何週間も前からドライヤーで花の蕾を温めるのです。多くの会員が梯
> 子を持ち出して延々とその作業を行い、見事、満開の桜を咲かせたこともあります。
> 先生のお陰で一夜にして桜が咲いた、というわけです。池田は〝見事だ。よくやった
> ね〟と満足げに言い、それを聞いて会員達はまた涙を流すのです。魚など一匹もいな
> いドブ池に事前に鯉を放流して池田に餌を撒かせ、〝ここには魚はいないのに、先生
> が餌付けすると鯉まで現れてしまった〟と会員達を感激させた例もあります」


 私は創価学会について書かれた本を何冊も読んだが、それらの中に「創価学会にも評価
すべき点もある」という肯定的な印象を受けたものは、ただ一つとしてなかった。先に引
用したように「頭がおかしい」と思うようなエピソードばかりだった。

 学会員はなぜ、おかしいと思わないのだろうか。こうしたバカげた実態を、当事者とし
て目にして来たにも関わらず、「創価学会は唯一の正しい宗教」と信じていられるのか、
本当に理解に苦しむ。洗脳の恐ろしさの実例とも言える。

 注意していただきたいが、滑稽な話が多いからといって、創価学会を甘く見てはならな
い。彼らの狂信やそこからくる反社会性は、尋常なものではない。しかも、彼らは日本中
いたるところにいる。

 洗脳されて、常識的な判断力を失ったカルト信者は、気に入らない相手には卑劣な嫌が
らせを平気で行なう。創価学会に「仏敵」認定されたために、苦しめられている被害者は
相当数いると思われる。

 ほとんどの創価学会員は、常識とは相容れない異常な個人崇拝に疑問を感じず、反社会
行為も厭わない連中である。表面的には「いい人」を演じていたとしても、彼らの本質は
危険なカルト信者であることを、心していただきたい。

2018年1月1日月曜日

これまでのまとめ

◎ 広宣部・教宣部と嫌がらせの実態

  広宣部と教宣部

  広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口

  教宣部創設の経緯

  広宣部の実態

  「脱会者は自殺に追い込め」①

  「脱会者は自殺に追い込め」②


◎ 創価学会 金満教団への道

  創価学会の金集め①

  金庫事件(金集め①-補足)

  創価学会の金集め②

  「牛乳ビンの念珠」とは?(金集め②-補足)

  創価学会の金集め③


◎ 収奪的な金集めの手口

  財務督促あるいは〝創価学会仏〟の金口直説

  財務をすれば万札が降ってくる?

  財務に苦しめられる末端学会員

  学会幹部に良心はないのか?

  創価学会・公明党と生活保護

  公明党による口利きの代価


◎ 『人間革命』の欺瞞

  創価学会の信心の現証について

  そもそも『人間革命』とは

  『人間革命』と結核

  紙を飲む宗教①

  紙を飲む宗教②

  紙を飲む宗教③

  〝狸祭り事件〟について

  セックス&バイオレンス

  創価学会常住の本尊について

  「日蓮」を名乗る前の日蓮

  『人間革命』の執筆体制と長期休載

  大阪事件

  「長男はツギオで、次男はダイサク」

  エレベーター相承のウソ

  池田大作と戸田城聖の〝遺品の刀〟


◎ 人物

  戸田城聖のビジネス(戦前・戦中編)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐①)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐②)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)

  アル中・戸田城聖

  池田城久の死

  福島源次郎氏について

  藤原行正氏について

  藤井富雄氏について


◎ 教義の矛盾(折伏の被害にあっている方はお役立てください)

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)①

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)②

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)③

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)④

  仏像を拝むのは謗法か?

  蔵の財、心の財

  創価学会は仏教ではない①

  創価学会は仏教ではない②

  創価学会は本当に「御書根本」か? ①

  創価学会は本当に「御書根本」か? ②


◎ 池田本仏論

  池田本仏論について①

  池田本仏論について②

  「会長先生はお父様のような存在」

  「700年ぶりだねぇ」の真偽

  池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

  数珠さすりと弟子分帳


◎ 創価学会 基礎知識

  2chスレ立て用テンプレ1~5(創価学会がカルトである理由①)

  2chスレ立て用テンプレ6~9(創価学会がカルトである理由②)

  創価用語の基礎知識①

  創価用語の基礎知識②

  創価学会の財力

  折伏大行進の実態

  折伏成果の水増しについて

  創価学会の実世帯数


◎ その他

  「はじめに」および2ch過去スレ

  憧れの池田センセイ

  創価学会とオウム真理教

  創価学会が社会から受け入れられない理由

  変わらない創価学会

  〝福子〟として育てられるということ

  池田大作在日説について

  誰が公明党に投票しているか?

  都議会選挙の結果について

  衆議院総選挙の結果について

  書評『内側から見る創価学会と公明党』

  書評『「人間革命」の読み方』

  平成29年をふりかえって


 明けましておめでとうございます。
 今年も当ブログでは、日本を蝕む邪悪なカルト、創価学会の実態を伝えていきます。

 ブログで取り上げるべきこととして、いくつか考えていることはあるのですが、何かと
忙しいことや資料の収集に手間取っていることもあり、頻繁な更新は難しい状況です。

 とはいえ、ブログをやめるつもりはありませんので、今後ともよろしくお願いします。

2017年12月31日日曜日

平成29年をふりかえって

 平成29年(2017年)も残すところ、きょう一日だけとなった。皆さまいかがお過ごしだ
ろうか。当ブログは今年3月に開設して以来、望外ともいえる多くの方に閲覧いただいた。
私の拙い文章を読んでくださった皆さまには感謝申し上げたい。

 さて、今年も国内外の様々なニュースが世上を騒がせた。主なものを思いつくままに挙
げると、北朝鮮の核・ミサイル問題、米国トランプ政権の混乱、国内に目を転じると、都
議会議員選挙、衆議院総選挙などの出来事が、連日のように新聞の紙面やテレビのニュー
ス・ワイドショーなどで取り上げられた。

 それらの出来事の中でも、問題の大きさの割には不自然に大きく報道されたのではない
か、と思われるニュースがある。森友学園・加計学園をめぐる報道である。

 この問題は、安倍首相夫妻と懇意にしている人物が経営する学校法人に対して、安倍首
相が便宜を図った、もしくは首相の意向を忖度した官僚が便宜を図ったのではないか、と
いう疑惑である。

 行政はすべての国民に対して公平でなければならない。首相との個人的関係によって、
〝えこひいき〟がなされるなど許されないことである。

 だから、こうした疑惑をマスコミが追求することじたいは、当然のことである。
 しかし、朝日新聞をはじめとする新聞各社や、テレビのワイドショーなどが、半年ほど
この問題を取り上げ続けたにもかかわらず、安倍首相の関与を裏付ける証拠は何もでてこ
ない。

 安倍政権がめざす憲法改正を何としも阻止したい左派メディアが、政権打倒を企て、事
実を歪めて報道したのではないか、と取り沙汰する向きもある。

 確かに賄賂をもらって便宜を図ったというような明白な不正があったわけでもないのに、
あたかも大疑獄のように報じるメディアの姿勢には、疑問を持たざるを得ない。

 私個人としても、左翼の活動家なのかジャーナリストなのか区別しがたい連中が、政治
的目的のために、火のないところに煙を立てるべく騒ぎ立てているだけなのはないか、と
いう印象を受ける。

 一方で、問題の大きさの割にマスコミの取り上げ方が過小ではないか、と思われる事象
もある。『文藝春秋』7月号に「都議選で生じた『自公亀裂』の行方」と題した記事が掲
載された(当ブログでは以前この記事を引用したが、再度引用する)。


>  ゴールデンウイーク明けの五月十日夕。皇居沿いのあるホテルの車寄せは高級車で
> ごった返していた。
>  スーツに身を包んだ男たちが、車を降りるや次々に上階のバンケットホールに向か
> っていった。
> 「ようこそおいでくださいました」
>  にこやかに出迎えたのは、公明党の石井啓一国土交通相だ。三十分近くも列をなし
> て待つ大小ゼネコンや建設会社の幹部ら一人一人とあいさつを交わした。
>  経世会の全盛期とは隔世の感があるとはいえ、大手ゼネコンは、いまだに自民党の
> 「選挙マシーン」の一つに数えられる。
>  そうはいっても、中央省庁再編で国交省が発足した二〇〇一年以降、のべ十年近く
> にわたって大臣を輩出してきた公明党の「動員令」に業界は逆らえない。まして現職
> の大臣が出迎え、名刺交換すると聞かされれば否も応もない。
>  会合を事前に耳にした自民党建設族の重鎮は露骨に嫌な顔をした。
> 「いくら必死の都議選だからといって、ちょっとやりすぎじゃないか」
>  許認可といいう、「生殺与奪」の権を握る所管官庁の大臣を投入するのは、本来で
> あれば禁じ手だ。


 平成29年度の国土交通省の予算は、一般会計と震災復興特別会計を合わせると、約6兆
3千億円にも上る。そして、その大部分が公共事業費である。

 巨額の予算と建設業の許認可権を握る国土交通大臣が、公共事業から利益を得ているゼ
ネコンの幹部を選挙前に呼びつけて、「名刺交換」を行う。「選挙ではよろしく」という
含みがあると考えるのは当然である。

 石井大臣が、この際に都議選での票の取りまとめを直接依頼したわけではないだろうが、
あたかも国民の税金で票を買ったかのようにみられても、仕方ないのではないだろうか。

 この件に関して、テレビや新聞が疑惑追及を行ったという話は聞かない。創価学会とマ
スメディアとの癒着の話は、ずいぶん前から耳にタコができるほど聞かされているのだが。

 テレビで聖教新聞のCMを見ない日はないといってもいいほどだが、聖教新聞社という
会社が存在しているわけではない。「聖教新聞社」と独立した企業のごとく称しているが、
聖教新聞社は宗教法人創価学会の一部門に過ぎない。

 また、聖教新聞の印刷を大手新聞各社が請け負い、そこから少なからぬ収益を得ている
ことも周知の事実である。特に毎日新聞などは、それなしでは経営が成り立たないほどだ
ともいわれる。

 こうした事情がある以上、テレビや新聞各社は、創価学会から広告宣伝費や印刷委託費
などの名目で金をもらっているので、創価学会・公明党に対して及び腰になっているので
はないか、言うなれば「忖度」しているのではないかと、疑いを持たざるを得ない。

 創価学会の反社会行為に関する報道は、かつてより確実に少なくなっている。それは彼
らが社会と折り合いをつけられるようになったからではなく、潤沢な資金力でメディアを
掌握しつつあるからではないだろうか。

 私は創価学会には、現在もなお反社会的傾向が多分にあると考えている。ただ嫌がらせ
などの手口がより狡猾になったことや、メディアや権力に浸透したことで、批判的言説の
流布を食い止められるようになっただけだ。

 創価学会の問題点については、当ブログでまだ論じていないことが少なからずある。来
年も引き続き、この反社会的カルトの害悪を訴えていく所存である。

2017年12月29日金曜日

書評『「人間革命」の読み方』

 本書の著者、島田裕巳氏は言わずと知れた著名な宗教学者であり、創価学会についての
著作も少なくない。

 この本では題名のとおり、表向き池田大作の代表作ということになっている『人間革命』
『新・人間革命』、戸田城聖著『人間革命』、丹波哲郎主演による映画版「人間革命」の
内容が紹介されているほか、それらの作品で語られている出来事について、別の資料に基
づいた観点からの考察も加えられている。

 ※ 以下、本稿で『人間革命』について言及する場合、池田大作版『人間革命』につい
  て述べる。

 特に『人間革命』については、全12巻のあらすじが書かれている。創価学会を理解する
上で『人間革命』は外せないが、その『人間革命』を未読の一般人にも配慮した構成とな
っている。

 また、『人間革命』の本当の著者は篠原善太郎氏であったこと、創価学会第二代会長で
あった戸田城聖が、酒を飲みながら講義や講演を行っていたことにも触れられている。

 中でも興味深かったのは、『人間革命』の「第2版」について論じられた箇所である。
創価学会は、平成3年(1991年)に日蓮正宗から破門されたが、『人間革命』の大部分は、
それ以前に執筆されているため、当ブログでも論じてきたように、現在の創価学会にとっ
ては不都合な箇所も少なくない。

 そうした箇所が第2版では、書き換えられているのだという。島田氏はこの点について、
「いったんは正史として記述された出来事が、後世において書き替えられるということは、
歴史の改竄にもなりかねない」と批判している。

 現在の創価学会では、『人間革命』『新・人間革命』について、「精神の正史」「信心
の教科書」と位置づけている。その「精神の正史」を、都合が悪くなったからといって平
気で改竄することが、創価学会員にとっては〝正しい信仰〟なのであろうか。

 これではインチキ宗教といわれて当然である。まあ、カルト信者に何を言ったところで、
カエルの面に小便であろうが。 

 それはされおき、私はこれまで島田氏の著書から多くのことを教えられてきた。本作か
らも学び得たことが少なからずあった。今後、当ブログでもそれを役立てたいと考えてい
る。

 上述のように、本書は『人間革命』を読んでいない者にも、理解しやすいように工夫し
て書かれているので、創価学会に関心はあるが、今まで『人間革命』を手に取ったことは
ないという方にとっても、一読の価値はあるのではないかと思う。

 私はたいへん興味深く読んだが、敢えて欲を言えば、もう少し批判的でもよいのではな
いかと思わないでもない。著者の宗教学者としての立場上、研究対象に対して過度に攻撃
的なスタンスはとりづらいことは十分理解できるが。


 ※ 『「人間革命」の読み方』(ベスト新書)は、2017年12月20日付で発行された。

2017年12月24日日曜日

書評『内側から見る創価学会と公明党』

 この本の著者である浅山太一氏は、題名のとおり創価学会の「内側」の人間、つまり創
価学会員である。帯にも「創価学会員の著者が、緻密な資料分析をもとに解き明かす」と
か、「称賛でも告発でもなく」などと書かれている。

 学会員の手による創価批判といえば、創価学会への不満について、池田大作の子息への
直訴を繰り返して除名処分された元本部職員三人による『実名告発 創価学会』において典
型的に見られるように、「池田大作は絶対に正しいが、今の創価学会は池田先生の思想か
ら離れているのでダメだ」という、いまだ洗脳から解放されていない者による、中途半端
な内容のものが時に見受けられる。

 実を言うと私は、この本も「称賛でも告発でもなく」という自称とは裏腹に、著者が洗
脳されているが故に、批判精神に欠け池田大作を礼賛する内容となっているのではないか、
という懐疑的な予断をもって読みはじめた。

 しかし、私の危惧はよい意味で裏切られた。この本には、現在の創価学会にとって、都
合が悪いと思われる池田大作の過去の言動も引用されている。例えば、次のような発言で
ある。


>  断固としてわが同志を国会へ送り出し、いままで三類の強敵にいじめられてきたけ
> れども、こんどは、日蓮正宗創価学会にをいじめるものを、こちらから反対におさえ
> ていく、力をもって反対にこんどは、弾圧していくというところまで、団結をもって
> すすんでいこうではありませんか。(p-167)

>  学会を離れれば、功徳がないといってもいいし、それから地獄に落ちる場合もあり
> ます。(p-223)


 また、近年、創価学会・公明党の矛盾を擁護するために、カルト丸出しの珍理論を振り
かざす内容の本を書いている創価学会の論客・松岡幹夫氏の主張に言及した箇所について
は、辛辣とはまではいわないが、相当に批判的に書かれている。

 一読して、著者はかなり誠実な人物ではないか、という印象を受けた。誠実さが美徳で
あることは当然であるが、この美徳は、創価学会員の中にはまず見られることのない徳性
である。

 私がこれまでに実社会で知己を得た創価学会員は、相手の迷惑をかえりみない強引な勧
誘をしてきたり、それに応じなければ事実無根のウソ八百をいいふらして陥れようと画策
したりと、卑怯・卑劣そのものといっていい連中ばかりであり、誠実さなど毛ほども持ち
合わせてはいなかった。

 学会員の中にも、浅山氏のような方が稀にはいるのだろう。しかし、創価学会という組
織は、彼のような人間にとって、居心地がいいとは言えないと思うのだが……。

 とはいえ、著書の主張すべてに同意できるわけではない。浅山氏は、創価学会はカルト
ではない、と主張している。


>  もしここまでの議論を読んで、やはり創価学会は頭のおかしいカルト教団だったと
> 総括する人がいるのなら、それはこの社会運動をまったく理解していないと言わざる
> をえないと私は思う。カルトだファッショだと罵倒されながらも、新規の会員を獲得
> し、既存の会員のフォローアップを続けてきたからこそ、政権与党の一角を占める政
> 党を作りだすまでの影響力をもった巨大集団がいまもある。(p-189~190)


 先に引用したように、池田大作は〈国会に同志を送り込むことで、創価学会に対する反
対派を弾圧することを目指す〉という趣旨の発言をしていたのである。

 その池田を教祖として崇め奉る連中が、「政権与党の一角を占める政党を作りだすまで
の影響力をもった巨大集団」として存在していることは、一般の人々にとっては恐怖心を
抱かざるを得ない事態だし、そのような集団がカルト呼ばわりされるのは当然のことだと
私は思う。

 賛同できない点はあるにしろ、本書は学会員によって書かれたにしては、創価学会に対
して批判的な箇所も多く、有益な示唆を受けた部分も少なからずあった。率直にいって読
み応えがあった。

 著者はあとがきを「次回作にご期待ください」と締めくくっているが、私も一読者とし
て、浅山氏の次回作には大いに期待したいと思っている。


 ※ 『内側から見る創価学会と公明党』(ディスカヴァー携書)は、2017年12月15日
  付で発行された。
   著者の専門が社会学ということもあって、創価学会の発展を可能にした社会的背景
  への考察等にかなりの紙幅が割かれており、創価学会内部の不祥事や学会員による反
  社会行為の暴露などは一切ない。
   本稿をお読みになって、購読を思い立たれた方は、ご留意いただきたい。