2017年11月19日日曜日

池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

 創価学会における池田大作への個人崇拝の異様さを物語るエピソードの中でも、外部の
一般人にとって、最も不気味さ、もっとありていに言えば気持ち悪さを感じさせるものは、
池田の食べ残し、飲み残しを学会員たちが有難がって口にするという話であろう。

 生前、代表的な学会ウォッチャーだったジャーナリスト・内藤国夫氏の著書から、この
逸話を述べた一節を引用する。


>  池田会長は、自分で口をつけたものを、よく、「食べなさい」とか「飲みなさい」
> といって、側近に下げ渡すという。
>  たとえば、学会本部で、職員たちと一緒に勤行したあとなど、仏壇に供えてある水
> を、グイと一口飲み、それから、
> 「さあ、いただきなさい」
>  と、側に控えている者にまわす。会長が口をつけたのだから、これを飲めば功徳が
> あるよ、といわんばかりの、ごうまんさと、ひとりよがりの親切心たっぷりに。まわ
> されたものは、たとえ気持が悪かろうと、ありがたそうに口をつける。もし、少しで
> もためらったら、忠誠心、尊敬心が足りない、と疑われはしないか、ヒヤヒヤしなが
> ら。
>  同じように、タバコの〝下げ渡し〟もよくする。池田会長、タバコはあまり吸わな
> いが、それでも気が向くと口にくわえる。それも一口か二口吸っただけで、側にいる
> 者に、例の調子で、
> 「さあ、吸いなさい」
> 「イヤです」とはいえないから、ありがたそうに、おしいただく。
>  ある幹部が、カオをしかめて告白するには、
> 「あの人、わざとツバをつけたりして、こちらの反応をみているんではないか、との
> 底意地の悪さも感じられて、ありがたそうにいただきはしますが……」
>  熱心、かつ盲目的尊敬を寄せる学会員の多くは、「会長先生の吸われたタバコを口
> にして、これで福運が」と恐懼、感激する者もあり、みんな競うようにして、ありが
> たがるふりをするという。
> 「つらいところです」というわけだ。
> 「メロンの下げ渡し」もある。メロンのおいしいところを、会長が食べたうえで、
> 「さあ、口をつけなさい」
>  肉親ならいざ知らず、人をバカにしたような、お下がり強要であるのだが、「いえ、
> 結構です」と言えない、言わさない、それが創価学会と池田会長の体質である。
 (内藤国夫著『創価学会の野望』より引用)

 ※ 『創価学会の野望』が出版されたのは、昭和53年(1978年)であり、その時点では
  池田大作はまだ創価学会の会長職にあった。池田が日蓮正宗との抗争で一敗地に塗れ、
  会長を辞任せざるを得なくなり、名誉会長に退いたのはその翌年、昭和54年(1979年)
  のことである。


 佐高信氏とテリー伊藤氏の共著『お笑い創価学会 信じる者は救われない』に収録され
ている元学会員の手記「池田学会 イニシエーションの恐怖」にも、上記と同様の記述が
ある。

 それによると、池田大作が創価大学で講演した際、話し終わった後に演壇に置かれてい
た水を一口飲んだ後、そのコップを一番前にいた学生に「はい、飲みなさい」といって渡
した。学生たちは有難がって、そのコップを次々とまわして中の水を飲んだという。

 池田が健在なころは、こうしたことはよく行われていたのであろう。
 また、上記引用にある「メロンの下げ渡し」については、元学会員で女優の杉田かおる
氏が著書で述べている。

 昭和60年(1985年)、聖教新聞社にアメリカ大使館の一行が親善訪問した際に、杉田氏
ら学会の芸術部に所属していた芸能人たちも、「花を添える」ために動員された。
 その後の食事会で、問題の出来事は起こった。以下、引用。


>  発行元の玄関先にわたしは、ほかの部員とともに並んだ。中央に最高指導者の夫人
> がいた。一行が到着する前のちょっと緊張する時間に、
> 「××先生は上行菩薩の再来で……」
>  と、誰かが話している声が耳に入った。ぼんやり聞きながら、えーっ、最高指導者
> が、上行菩薩、つまり大地から出現した菩薩だって……。それはいくらなんでも畏れ
> 多いんじゃないかしら。神、いや、仏をも恐れぬ言葉ではないか……。厳しい修行を
> 積んだわけでもない生身の人間が、菩薩の生まれ変わりだなんて……。
>  やがて、一行が到着して、歓迎行事はつつがなく進行した。その後、上行菩薩の再
> 来といわれる最高指導者を囲む食事会が開かれた。わたしは二十人ほどの芸術部員と
> ともにそこに呼ばれた。ちらとよぎった疑問は消えていなかったが、これはこれで言
> 葉にならないほど名誉なことである。
 (中略)
>  食事が始まった。その席上、最高指導者が、「男はうそつきだから気をつけろ」と
> か「先々代の最高指導者は金儲けが下手だった」とか、あまりにも俗っぽい話題を出
> すので、わたしは自分の耳を疑った。何かの間違いだろうとまで思った。
>  が、そんな疑問など吹っ飛ぶような出来事が続いて起こった。デザートにメロンが
> 出たのである。一皿に半月型に切ったメロンが載っていた。なんの変哲もないメロン
> だと思って見ていた。すると、最高指導者がいった。
> 「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」
>  はあ? という目でわたしはメロンを見た。そんなに貴重なメロンなんだ。と、彼
> はそのメロンをひとさじすくいとって口に含んだ。そして、「みんなにも食べさせて
> あげたい」といった。わたしは、同じメロンがみんなの前にも出てくるものと期待し、
> 貴重なメロンをみんなと分かち合おうという彼の思いやりに心が動かされた。
>  ところが、彼はその食べかけのメロンを隣の席の人に渡した。うやうやしく受け取
> った人は、同じスプーンで同じようにすくって口に入れた。そしてまた隣の人へ。ス
> プーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。
>  悪夢のようだった。最高指導者にすれば、善意かもしれないが、わたしにはただ気
> 持ち悪さが背筋を走った。その順番がわたしにも近づいてくる。どうしよう、どうし
> よう。動揺が顔に出てしまったらしい。隣の女性がわたしを睨みつけた。そうこうす
> るうちに、ついにわたしのところへ恐怖のメロンが来た。もうほとんど食べ尽くされ
> て、皿には果汁がどろんとよどんでいた。
>  わたしは覚悟を決めて、皮に近いところを少しだけすくった。ところが、スプーン
> がすべって、ほんの少しのつもりが、結構な量がすくえてしまった。うまくいかない
> ものだ。周囲は注目している。わたしは目をつぶって、味わわないように素早く飲み
> 込んだ。
>  お下げ渡しと称して、こんなばかげた不潔なことをさせるのが、最高指導者なのか。
> わたしの中で少しづつ不信感が芽生えていく。
 (杉田かおる著『杉田』より引用)

 ※ 『杉田』では、「創価学会」や「池田大作」といった固有名詞の使用は避けられて
  いるが、文中にある「最高指導者」とは池田大作のことである。


 引用中に「××先生は上行菩薩の再来」という言葉があるが、上行菩薩とは法華経に登場
する「地涌の菩薩」の筆頭であり、創価学会の教義では、この上行菩薩こそが「末法の御
本仏」であり、またその再誕が日蓮ということになっている。

 もちろん、そんなことは法華経のどこにも書いてはない。この件に関しては、当ブログ
で以前詳しく書いたので、関心のある方はそちらをご覧いただきたい(「私説〝五重相対〟
(創価学会の矛盾)①」参照)。

 つまり、杉田氏は他の学会員が「池田大作は日蓮の生まれ変わりで御本仏」だというの
と同然のことを話しているのを聞いて、「えーっ」と思ったと述べているのである。

 杉田氏は、生まれながらの創価学会員、いわゆる「福子」ではなかったので、創価学会
内部で「当たり前」のように行われていること、語られていることと、世間の常識とのギ
ャップに気づき、洗脳から解放されて脱会することができたのだと思われる。

 創価学会は外部に対しては、「池田大作は御本仏」などとは主張していない。だが、内
部では表向きに語られるおためごかしとまったく違うことが、信じられているのだ。

 ほとんどの創価学会員が、池田大作は「御本仏」であり、「福運の当体」であると思い
込んでいるからこそ、池田の食べ残し、飲み残しを口にすることで、「福運」が得られる
というバカげた〝理論〟というか、狂信が成立するのである。

 池田大作の如き、女狂い、金狂いのごうつくばりの一体どこが「仏」だというのだろう
か。仏教をバカにし、冒涜するにも程があるというものである。

 まして、その池田が口をつけた残りものを回し食いすることにより、「福運がつく」と
言うのはあまりにも異常であり、杉田氏も述べているのように「ばかげた不潔なこと」と
しか言いようがない。

 ネット上には、今もって「創価学会はカルトではない」と言い張る学会員が少なからず
存在するが、今回述べた逸話だけでも、創価学会が異常なカルト集団である証拠として、
十分ではないだろうか。

 まともな神経を持った者が、こんな不衛生で狂った教団に入りたがる訳がないことは、
考えるまでもないことだと思うのだが、「創価学会は唯一の正しい信仰」だと洗脳された
学会員には、それが分からないのだ。

 だからこそ学会員たちは、「折伏」とか「仏法対話」とか称して、迷惑この上ない勧誘
活動を続けているのである。

 創価学会員の皆さん方に目を覚ましてもらうことが、社会のためにも当人のためにも一
番良いことだと私は信じるが、それが無理なのであれば、彼らだけで思う存分、池田セン
セイの食べ残しの回し食いを堪能していただき、外部の一般人には構わないでいただきた
いものである。


補足

 池田大作の食べ残しを、創価学会員たちが有難がって食っているという話は、原島嵩氏
や山崎正友氏らの脱会した元幹部や、内藤国夫氏ら外部のジャーナリストにより、昭和50
年代に何度も週刊誌等で取り上げられていた。

 杉田かおる氏が著書で述べている出来事があったのは、昭和60年(1985年)のことであ
る。つまり、「人をバカにしたような、お下がり強要」をさんざん批判され、世間の多く
の人びとから「創価学会は気持ち悪い」と思われるようになっても、彼らはこのバカげた
慣行を改めなかったのだ。

 以前も指摘したが、外部からいくら批判され、彼らの信仰は世間の常識とは相容れない
のだと説得されても、創価学会は変わらない。カルトの狂信とは、そのようなものなので
ある。

 何度でも言うが、普通の人生を送りたいならば、創価学会のような異常なカルトとは関
わるべきではない。

 もし、知り合いに学会員がいるならば、可能な限り早く縁を切るか、それが無理ならば
必要最低限のつき合いのみに留め、深く関わらないようにすることを強くお勧めしたい。

2017年11月6日月曜日

衆議院総選挙の結果について

 去る10月22日、衆議院総選挙の投開票が実施された。結果は与党の大勝だったが、公明
党の獲得議席は、前回の35議席から29議席に減少した。まことに喜ばしいことである。

 公明党の議席減の要因としては、衆議院の総議席数が475議席から465議席に減らされた
ことも影響しているだろうが、やはり最大の原因は比例での獲得票数の減少であろう。

 参考までに、過去五回の衆議院総選挙での、比例での公明党の獲得票数を表にまとめて
みた。

過去五回の衆議院総選挙における公明党得票数(比例区)

 平成17年(2005年)9月11日実施の衆議院総選挙では、公明党は比例で900万票近くを
得票している。これは過去最多得票であるが、自民党との選挙協力がうまくいき、創価学
会票に大幅な上乗せができたことが、その一因と考えられる。

 今回の選挙結果における公明党の獲得票数は、前回の選挙と比較して30万票以上減って
いる。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことで、有権者総数が200万以上増え、投
票率も僅かとはいえ、前回を上回ったにも関わらず、公明党は票を減らしたのである。

 また、過去最多得票であった平成17年(2005年)と比較すれば、200万票以上という大
幅な減少となっている。これは創価学会の組織力の衰えを反映しているのではないだろう
か。

 無論、今回の選挙に限った特殊要因による部分も無視はできないと思う。そこで、公明
党の獲得票数が減少した理由を、私なりに考察してみた。


1、都議会議員選挙で生じた自民党との軋轢
  今年7月の都議選で、公明党は自民党等の協力関係を解消し、小池都知事率いる都民
 ファーストの会を支援した。そのために今回の選挙戦では、自民党との選挙協力がうま
 く機能しなかったと考えられる。

2、公明党議員の不祥事
  選挙の直前に、長沢広明復興副大臣が愛人を議員宿舎に宿泊させていたことが週刊文
 春の取材により発覚し、参議院議員を辞職したことと、公明党の青年部長を務めていた
 樋口尚也前衆院議員についても女性問題が発覚し、今回の選挙での出馬辞退に追い込ま
 れたこと、これらの立て続けに発覚した公明党議員の女性スキャンダルにより、最強の
 集票マシーンと評される創価学会婦人部も、F取りへの意欲が削がれたのかもしれない。

3、立憲民主党に票が流れた
  民進党分裂により新たに結党された立憲民主党は、憲法9条擁護を掲げた。安倍政権
 の現実主義的な安保政策には賛成できないが、さりとて共産党にも投票したくない一部
 の創価学会員にとって、立憲民主党はかっこうの票の受け皿となったのかもしれない。

4、創価学会の弱体化
  創価学会は、社会全体を上回るペースで高齢化が進んでいると言われる。また、現世
 利益を前面に打ち出した布教方法も、高度経済成長期のようには効果を上げられず、新
 規会員の獲得も上手くいっていないようである。こうしたことから、創価学会の組織力
 は、年々、低下しているのではないだろうか。

5、自民支持層・無党派層の離反
  公明党は中道路線を掲げ、ソフトなイメージ作りに努めてきた。それに騙されて投票
 してきた無党派層や、自民党からの選挙協力依頼に応じて投票してきた自民支持者達が、
 インターネットやマスコミでの報道等を通じて、創価学会と公明党が事実上、一体の組
 織であることや、創価学会の反社会的な実態を知り、公明党に投票することをためらう
 ようになったのではないだろうか。


 1~3については、多くの方に同意いただけるものと思うが、4・5については、私の
希望的観測という面も多分にある。
 しかし、願わくば今回の選挙結果が、創価学会瓦解の前兆であってほしいものである。

2017年10月22日日曜日

「700年ぶりだねぇ」の真偽

 これまで述べてきたように、創価学会内部に「池田本仏論」を定着させるために、池田
大作は〝創価学会の会長は本仏と同等の存在〟という考え方を、『人間革命』等の書籍や
口コミを通じて、学会内部に定着させてきた。

 口コミで広められた逸話の中には、「ある寺院に秘蔵され、信者にも公開されてこなか
った日蓮大聖人の御影像が、池田先生とそっくりだった」などというものもあったらしい
が、特に有名なのは、日蓮が幼少から成人するまでの期間に修行した寺として知られる、
千葉県の清澄寺に池田が訪れた際の言動であろう。

 この伝説的な逸話は、2ch等でもコピペとして広まり、清澄寺の千年杉の前で池田大作
が、「久しぶりだね。700年ぶりだねぇ」と述べたとされてているが、実際にその通りの
ことを言ったかまでは分からない。

 この話の出所は、平成2年(1990年)に刊行された『崩壊する池田創価学会』(継命新
聞編著)だと思われるので、当該部分を以下に引用する。


>  昭和四十九年二月十六日のことである。この日、日蓮大聖人生誕の地、千葉・小湊
> に蓮生寺が建立された。午前中、池田は初めて付近にある遺跡をめぐり、大聖人が法
> 難で受けた傷を洗ったとの言伝えのある井戸までくると、側近のまえで、「たしか、
> あの時もこのメンバーだったなあ」とのたまわった。そして十二時ちょうど、立宗宣
> 言の午の刻と同じ時刻に、清澄寺に登るのである。境内にある千年杉という老木のま
> えまでくると、やおら、「なつかしいなあ!」と声をあげた。側近達はびっくり、
> 「これはすごい。やはり池田先生は日蓮大聖人の生れ変りに違いない」と吹聴して歩
> いた。


 この逸話は、創価学会における池田大作への個人崇拝のバカバカしさを物語る代表的な
ものである。だからであろうか、ネット上には、この逸話を確たる根拠のないものとして
否定する、学会員によるものと思われる言説が見られる。

 だが、元公明党委員長・矢野絢也氏は、著書『私が愛した池田大作』に先に挙げた『崩
壊する池田創価学会』の一節を引用した上で、「これは私自身が実際に見たわけではない
が、その直後に聞いた話だ。当時、学会や公明党内部では『やっぱりそうか』『すごーい』
といった調子で語られていた」と証言している。

 池田大作が、清澄寺の千年杉の前で「700年ぶりだねぇ」と言ったとは断定できないが、
それに類する発言をしたのは事実なのであろう。

 そして、多くの学会員がそれを真に受けて、池田大作への個人崇拝を強めたのである。
 つくづく、頭のおかしい連中だと思う。



補足 千年杉の樹齢について

 清澄寺の千年杉については、その樹齢が「250年」だとか、「400年」だとか、取り沙汰
されているが、当の清澄寺のウェブサイトには「およそ800年」と記載されている。

2017年9月11日月曜日

「会長先生はお父様のような存在」

 創価学会内部に池田本仏論が定着する上で、『人間革命』が大きな役割を果たしたこと
をこれまでに述べたが、今回は創価学会員が池田本仏論を盲信していたことを示す資料を
紹介する。

 前回に述べたように、昭和40年代に『人間革命』を通して「師への帰命論」なる考え方
が、創価学会内部で広められた。

 「師への帰命論」とは、「〝師〟つまり初代から三代までの創価学会会長は、御本仏と
同等の存在として帰命すべき対象である」という思想である。

 そして、この思想が広まった時点での会長は、第三代の池田大作であった。会長本仏論
が池田本仏論の母体だったのである。

 内藤国夫著『公明党の素顔』(昭和44年〔1969年〕刊行)に、昭和40年代の学会内の雰
囲気がうかがえる一節があるので引用する。


>  公明党の控室でわれわれはよくお菓子をごちそうになる。「これは会長先生がわざ
> わざ買って、いま届けてくださったものです。食べませんか」といってセンベイやま
> んじゅうなどを差し出される。彼らはこれをほんとうにありがたそうに、そしておい
> しそうに頬張る。いい年をした男たちがニコニコとセンベイやまんじゅうを食べ、食
> べ終わるといっせいに「ああおいしかった」「もう一ついただいてもいいですか」な
> どと声をあげる。
> (中略)そして池田会長賛辞が競争するようにして続く。
> 「会長先生はわれわれのお父さんのような方です」「会長のご指示に従っていれば絶
> 対にまちがいはない。先生のご判断はいつも的確です。あとになってみると、いつも、
> なるほどなと感心してしまうのです」
>  ちなみに、池田会長は現在、ようやく四十一歳、賛美し続ける議員のほうがおおむ
> ね年長者だ。時には会長の父親のような年齢の議員から「会長先生はお父様のような
> 存在」ということばを聞くこともある。
>  これだけ無条件に一人の人間を尊敬し、あがめたてることのできる人たちは幸福で
> ある。うらやましいとも思う。そしてこれが宗教の場に限られているなら、われわれ
> ヨソモノが何も外から文句をいったり、注文をつけることことはない。しかし、そう
> いうオールマイティな一人の人間に率いられた人々が政治の場に登場し、ある程度の
> 力を持ち、われわれの生活を左右するようにさえなった以上は、われわれ部外者とし
> てもいろいろ注文をつけたくなる。疑問もぶつけたくなる。

 ※ 引用中の「公明党の控室」とは、都議会公明党の控室のことである。内藤氏は当時、
  毎日新聞の記者として、東京都政の取材を担当していた。


 民意の信任を得て議席を得たはずの人達が、選挙の洗礼を受けておらず、有権者のうち
の一人に過ぎない池田大作を無条件に崇め奉り、判断を委ねている異様さを、内藤氏は指
摘している。そして、この異様さは現在の公明党・創価学会にも引き継がれている。

 それはさておき――創価学会が政治権力に介入しているという問題は、詳細に論ずべき
重要なことだが、今回の主題ではないのでこの件については別の機会に譲りたい――引用
中にある「会長先生はお父様のような存在」という表現にどのような含意があるかを、考
えたい。

 この点について、著者である内藤氏は特に論考を加えていないが、前回までに論じたよ
うに、「本仏」とは「主・師・親」の三徳を備えている存在である。
 つまり「会長先生はお父様のような存在」という表現には、以下の意味がある。

 「会長」である。 → 〝主〟である。
 「先生」である。 → 〝師〟である。
 「お父様」である。 → 〝親〟である。

 公明党の議員、特に国会議員や都議会議員は、ほぼすべて熱心な創価学会員である。
 当然のことながら、教義にも精通しており、主・師・親の三徳を具備していることが、
「本仏」の特性であることは承知している。

 上記引用中に「池田会長は御本仏」という表現はないが、それと同じ意味のことを、当
時の公明党議員たちは、口を揃えて述べていたのである。
 「池田本仏論」は、昭和40年代前半には学会内部に定着していたのだ。

 実は、上述の公明党議員の言動を彷彿とさせる記述が『人間革命』にもある。
 昭和23年(1948年)元旦、学会本部に集まった学会員たちが、戸田城聖を囲んで乾杯す
る場面の一部を以下に引用する。


>  一同は乾杯した。そして、なんとうまい酒だろうと思った。カストリ焼酎より、う
> まいというのではない。彼らはこの時、戸田の愛情を飲む思いがしたのである。彼ら
> にとって、戸田はつねに師であったが、ひとたび彼に会うと、いつか彼らは子となり、
> 戸田は父となった。そしてこの間柄は、年齢にはなんの関係もなかったのである。
 (『人間革命』第三巻より引用)


 この記述も、「本仏」が「主・師・親」の三徳を備えていることを踏まえてのものでる。
 『人間革命』第三巻は、昭和42年(1967年)3月に刊行されたが、上記引用部分が聖教
新聞に掲載されたのは、その前年の昭和41年(1966年)だったと思われる。

 また、内藤国夫氏が毎日新聞記者として、東京都政を担当していたのは昭和39年~43年
(1964年~1968年)だったとのことなので、『公明党の素顔』にある「会長先生はお父様
のような存在」という都議会公明党議員の異様な言動は、『人間革命』の記述を範とした
ものだったのだろう。

 池田大作は表向きは「私などを絶対視してはならない」など述べて、創価学会には会長
への個人崇拝など存在していないかのように世間体を取り繕っていたが、その実、『人間
革命』を通じて、創価学会内部に会長本仏論=池田本仏論を定着させるように仕組んでき
たのは、池田本人だったことに疑う余地はない。

 そして、その池田を生き仏のように敬う創価学会・公明党が、政治に小さからぬ影響力
を持つ以上、池田の人となりに世間の関心が集まったのは当然であろう。

 池田大作は、平成22年(2010年)に病に伏したために、社会からも学会からもフェード
アウトしつつある。

 しかし、創価学会が池田を「永遠の師匠」と規定している以上、学会員たちは池田の生
死にかかわらず、今後ともその言動や思想を規範とし続けるものと考えられる。

 創価学会と直接かかわりを持たない人であっても、政治や権力を介してその影響を受け
ることになる以上、池田大作がどのような人物であったかを知ることには意義がある。

 そこで当ブログでは、今後、池田大作について、より詳しく論じていく予定である。

2017年7月19日水曜日

池田本仏論について②

2 会長本仏論

 前回も一部引用したが、池田大作は昭和55年(1980年)4月2日付で『聖教新聞』に「恩
師の二十三回忌に思う」と題した文章を掲載し、池田本仏論を公式に否定した。


>  なおここで、いわゆる、“会長本仏論”について、重ねて申し上げておきたい。
 (中略)
>  創価学会の代々の会長ならびに幹部は、その意味からも、いわゆる仏法実践展開の
> 指導者であるとともに、文化、平和、社会へ仏法を展開しゆく指導者であるといえる
> のであります。
>  いうまでもありませんが、指導者と仏とは別であり、そこには、いささかたりとも
> 混同があってはなりません。
 (中略)
>  したがって、代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3
> 代会長の任に就きましたが私などを絶対視してはならないし、かりそめにも、主師親
> の三徳とか、本門弘通の大導師といった表現を用いることは誤りであり、絶対にあっ
> てはならないことです。


 上記引用で池田大作は「創価学会の会長とは仏法実践の指導者」と述べ、「指導者と仏
とは別」なのだから「主師親の三徳といった表現を用いることは誤りであり、絶対にあっ
てはならない」と言っている。

 しかし、その「絶対にあってはならない」ことを、池田大作は他ならぬ『聖教新聞』紙
上に連載された『人間革命』でやってきたのである。

 『人間革命』第三巻に、池田大作が戸田城聖の経営する日本正学館に採用される場面が
描かれている。そこに以下の記述がある。


>  この若い革命家の「妙法への帰命」という理念は、具体的な実践でいうならば、稀
> 有の師への帰命、すなわち「戸田城聖への帰命」でなければならぬことを、彼は知っ
> たのである。

 ※ 文中の「この若い革命家」とは、池田大作(作中では「山本伸一」)のことである。


 引用中に「帰命」という言葉があるが、いかなる含意があるのだろうか。日蓮遺文中に
この語について解説した一節がある。


>  一切のかみ仏をうやまいたてまつる始めの句には、南無と申す文字ををき候なり。
> 南無と申すはいかなる事ぞと申すに、南無と申すは天竺のことばにて候。漢土・日本
> には帰命と申す。帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり。
 (『白米一俵御書』(真蹟 富士大石寺所蔵)より引用)


 日蓮は「帰命」とは「我が命を仏に奉る」ことだと述べている。
 『人間革命』にある「師への帰命」という記述は、戸田城聖という「稀有の師」は、仏
と変わらない存在だと述べているに等しい。

 この『人間革命』の記述に基づき、創価学会内では「師への帰命」ということが、盛ん
にいわれるようになった。そして、その時点での「師」とは、池田大作のことである。

 また『人間革命』第五巻には、創価学会の初代会長・牧口常三郎の八回忌法要での戸田
城聖の言葉として、以下の記述がなされている。


>  縁の不思議について、お話しいたしますれば、私が北海道より苦学に東京へ出よう
> と決心しましたのは、十八、九歳の時でした。当時、下宿料は十八円で、郵便局づと
> めではどうにもならず、教員になろうと思い、紹介状をもらって先生にお目にかかり
> ました。先生は校長で私はそこの代用教員として非常に迷惑をおかけしながらも、先
> 生にかわいがっていただきました。……その時、先生は四十九、私は二十で、親であ
> り、師であり、主人と思ってまいり、牢にはいる時に、顔を見合わせて別れたきりで
> あります。


 戸田は、牧口会長のことを「親であり、師であり、主人」と述べているが、前回述べた
ように、主・師・親の三徳を備えていることが、本仏の特性である。上記引用は〝牧口会
長は本仏である〟と言っているとしか、解釈のしようがない。
 
 池田大作は、「私を仏として崇拝せよ」と公式の場で言ったことはない。だが、学会内
部で聖典同様の存在として重視されている『人間革命』を通じて〝創価学会の会長は御本
仏である〟という思想を広め、定着させたのだ。

 『人間革命』が執筆された時点での、創価学会の会長は池田大作である。つまり〝池田
会長を本仏として崇拝すべきである〟としか解釈のしようがない思想で、学会員たちを洗
脳したのである。

 その後、池田は日蓮正宗との抗争で一敗地に塗れ、名誉会長に退いた形になったが、池
田を退任させた大石寺法主・細井日達氏が死去すると再び実権を掌握し、後任の第四代以
降の会長たちが神格化されることはなかった。

 現在の創価学会会則でも「三代の会長は永遠の師匠」と謳われており、「池田先生は末
法の御本仏」と信じる学会員は多い。

 もし仮に、池田が生き仏のように敬われるにふさわしい高徳の宗教家であったならば、
創価学会がカルト呼ばわりされることもなかったであろうが、実際の池田は、その性的関
係の放埓さ、金に関しての意地汚さから明白なように、醜悪な俗物に過ぎない。

 池田大作の如き邪悪な俗物への個人崇拝を信仰の核とする創価学会が、反社会的カルト
となったことは、理の当然というべきであろう。

 創価学会の悪影響から社会を守るためには、池田大作の虚像を暴き、彼のような俗悪な
人物を崇め奉ることは、滑稽千万な愚行に過ぎないことを広く世間に知らしめていくこと
が、引き続き必要である。

 それは、洗脳され搾取されている学会員たちの覚醒を促し、彼らを救うことにもつなが
るのではないだろうか。

2017年7月16日日曜日

池田本仏論について①

 創価学会の公式の教義は「日蓮本仏論」であるが、非公式には、〝池田大作こそが現代
の本仏である〟という「池田本仏論」なる教義が存在するといわれる。

 一方で、創価学会は公的には、そのような教義などないとも主張してきた。池田大作自
身、「代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3代会長の任に
就きましたが私などを絶対視してはならない」(『聖教新聞』昭和55年〔1980〕4月2日付)
と述べている。

 しかし、公的な建て前と本音を使い分けるのは、池田大作が得意とするところである。
 創価学会では、『聖教新聞』などの外部の眼にも触れるメディアで述べられた〝建て前〟
とは異なる〝本音〟が、上意下達の口コミで伝えられることが多い。

 元副会長の福島源次郎氏は、学会内部での口コミでの情報伝達の徹底ぶりを「世界最強」
と評している(『蘇生への選択』による)。

 池田大作は、公的な形で「私を仏として崇拝しろ」と述べた訳ではない。だが、そうと
しか解釈のしようがない表現を、創価学会内部に広めることで、池田への個人崇拝を学会
内部に定着させたのである。その実態を述べた文章を、以下に引用する。


>  また(池田大作が)「私の振る舞いが経である」とか、「私は福運の当体(そのま
> まの体)である」とか、「私と感応妙があるかどうかで信心は決まる」とか、「私が
> 行ってあげなければ福運がつかない」とかおっしゃいますので、一方でどんなに「私
> は凡夫」と建て前をいわれても、だれもが、いや「先生は仏様」と思ってしまうのも
> ムリからぬことでしょう。
>  私もかつて〝師弟感応の教学〟と叫んだ人間です。しかし、仏法上、感応妙という
> のは仏と衆生との関係をいうのです。ということは、先生を仏様として拝さなければ
> 〝師弟感応の教学〟というものは、成立いたしません。
 (原島嵩著『池田大作先生への手紙』より引用)


 このような形で「池田本仏論」が広められたのは、教祖への個人崇拝が知られると、世
間からの批判を招きかねないことや、かつての創価学会は、日蓮正宗参加の信徒団体であ
ったことから、宗門の教義である「日蓮本仏論」と矛盾する内容を、公式に主張すること
はできなかったこととの二つの理由が考えられる。

 この「池田本仏論」について、これからより詳しく論じるが、今回は「本仏」とは何か
について説明する。


1 そもそも「本仏」とは

 本仏とは、法華経に基づいた考え方である。法華経も他の経典と同じく、歴史上に実在
した釈尊が説いた教えを、弟子が書きとめたものという体裁をとっている。

 しかし、法華経の如来寿量品で釈尊は「人々は、釈迦牟尼仏は出家後に道場で修行して
悟りを得たと思っているが、実は私は成仏してから幾千億劫という歳月を経ている」と明
かす場面が描かれる。

 つまり法華経には、歴史上の釈尊と、その本体というべき永遠の命を持った仏とが登場
する。後者を「久遠実成の仏」と呼ぶ。

 法華経を根本経典とする天台宗や日蓮宗では、久遠実成の釈迦如来を本尊としているが、
「久遠実成の仏」という考え方は、他の宗派にも影響を与えている。例えば浄土真宗では、
阿弥陀如来を「久遠実成の仏」とする。

 法華経は、古来から前半を迹門、後半を本門に分けて解釈されてきた(この分け方は、
天台大師智顗によるものである)。

 如来寿量品は、本門に含まれている。そのため「久遠実成の仏」を「本門の仏」という
意味で「本仏」と呼び、歴史上の釈尊はその化身と考え「迹門の仏」という意味で「迹仏」
と呼ぶ。

 法華経で説かれる「久遠実成の仏」すなわち「本仏」は、真理そのものともいうべき存
在であり、あらゆる神仏の本体である究極の仏と考えられるようになった。
 また法華経の譬喩品では、釈尊は以下のように述べたとされている。


> 今此三界 (今、この三界は)
> 皆是我有 (皆、これ、わが有なり)
> 其中衆生 (その中の衆生は)
> 悉是吾子 (悉くこれ吾が子なり)


 仏弟子にとって、仏が「師」であることは言うまでもないが、法華経ではそれに加えて
現世は釈尊の所有するところ(所領)であるとされ、また衆生は釈尊の子とされている。

 久遠実成の釈尊は、現世に生きる衆生にとって「師」であるだけでなく、「主」であり、
「親」でもあることになる。

 この法華経の記述に基づき、主・師・親の三徳を兼ね備えていることが、本仏たる久遠
実成の釈迦如来の特性なのだと、日蓮は説いている。


>  故に法華経の第二に云はく「今此の三界は皆是我が有なり。其の中の衆生は悉く是
> 吾が子なり。而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護を為す。復教詔す
> と雖も而も信受せず」等云云。此の文の心は釈迦如来は我等衆生には親なり、師なり、
> 主なり。我等衆生のためには阿弥陀仏・薬師仏等は主にてはましませども親と師とに
> はましまさず。ひとり三徳をかねて恩ふかき仏は釈迦一仏にかぎりたてまつる。
 (『南条兵衛七郎殿御書』(真蹟断片 若狭長源寺 外所蔵)より引用)


 以上をまとめると「本仏」とは、以下のような存在ということになる。

1.真理そのものというべき存在
2.あらゆる神仏の本体である根源の仏
3.主・師・親の三徳を備えている。

 この三点を踏まえて、次回は「池田本仏論」について検討を加えたい。



補足 「日蓮本仏論」について

 日蓮遺文には「教主釈尊」という言葉はしばしば登場するが、日蓮自身を「本仏」とし
て崇拝せよとは、どこにも書かれてない。

 『人間革命』第十二巻にも、戸田城聖の言葉として「御書のどこを拝しても、大聖人は、
私はすでに仏なのだから、みんなを救ってやろうなどとは、おっしゃっておりません」と
述べられている。

 日蓮正宗や創価学会は、〝文上では「教主釈尊」と書かれているが、文底においては日
蓮大聖人が御本仏〟などという、こじつけ解釈を日蓮遺文に加えているだけだ。

 しかも、その本仏化した日蓮の権威を借りて、大石寺法主や池田大作への個人崇拝を正
当化しているのである。

 「日蓮本仏論」は、日蓮の真意を捻じ曲げ「日蓮を悪しく敬う」邪義である。

2017年7月9日日曜日

創価学会は本当に「御書根本」か? ②

 「御書根本」を信仰の理念として掲げる創価学会だが、学会員の中には「御書」など読
まないし、それ以前の問題として、そもそも読む読解力があるかどうかも怪しい者も少な
くない。

 「御書」すなわち日蓮遺文は、当然のことながら古文であり、しかも仏教用語を多く含
むので、それを読んで理解できるためには、相応の学力が必要である。

 学会員たちの憧れの大学である、創価大学の主要学部の入試偏差値は40台。この事実が、
大半の学会員の学力がどの程度かを、雄弁に物語っている。御書など読めない者が、学会
員の大半を占めているのが実態なのだ。

 創価学会は、その創成期から「病気がなおる、金が儲かる」と、現世利益を掲げて信者
を集め、「護秘符」や「護符」などという怪しげなマジナイを売り物にしてきた。

 どう考えも、知的水準が高い人々に対して、訴求力があったとは思えない。創価学会は
最初から、頭脳明晰とは言い難い人々をたぶらかして信者としてきたのである。

 『人間革命』第五巻にも、御書を読めない者が多いことに対して、戸田城聖が警鐘を鳴
らしたとの記述がある。


>  彼の執筆になると思われる、当時の『聖教新聞』昭和二十六年九月一日号の「寸鉄」
> 欄には、さまざまな教学部員を諷刺して警告している。
>  「一、御書を読めない信者が多い。教学の衰えていることがわかる。広宣流布の騒
>  ぎどころじゃないぞ。気をつけろ。
>   二、御書を読める者もいる。そして大聖人の口真似だけしている。かかる者を桜
>  夢居士と名づけ奉る。
>   三、小説を読むひまがあっても、御書を読まん。こんなのは阿羅漢の弟で、陀羅
>  漢というんだ。
>   四、若い者で、御書を知ったかぶりしている者がいる。こんなのは釈迦の孫で悉
>  多羅振太子と名づけ奉る。
>   五、御書を読まないのを自慢の奥様がいる。こんなのは世迷夫人という。」
>  今日の創価学会教学の基本的姿勢は、この頃から確立されたといってよい。教学即
> 実践であり、実践が教学の正しさを実証してきたのである。

 ※ 文中の「彼」とは戸田城聖のことである。


 昭和26年(1951年)は、戸田が第二代会長に就任した年である。その時期から「教学の
衰え」を懸念しなければならなかったというのが、創価学会の偽らざる姿なのだ。

 『人間革命』は、教学力がない者、御書を読めない者が多いことを憂える文章を引用し
た直後に、「今日の創価学会教学の基本的姿勢は、この頃から確立されたといってよい」
とのたまっているが、いったい何がどう確立されたというのだろうか。

 バカな信者たちを、一部の幹部が利用し搾取する体制が確立されたというのなら、〝確
かにその通り〟と肯うこともできるのだが。

 創価学会は、御書や教学を重視するという建て前とは裏腹に、池田大作への盲信が信仰
の核となっている。元中堅幹部・古谷博氏の論文に、そのことを論じた一節があるので引
用する。


> 創価学会婦人部を特徴付ける十三ヶ条

> 一. 池田を絶対と信じている。
> 二. 自分の亭主より大事なのは池田と思っている。
> 三. 池田に身も心も捧げても悔いはない。
> 四. 池田と握手したら絶対に手は洗わない。
> 五. 相手が池田批判をすると心臓が高まり頭に血が昇ってしまう。
> 六. 池田を批判するマスコミや週刊誌記事は〝見ない。読まない。買わない。〟
> 七. 金太郎飴のような画一的な価値を好む。
> 八. 「師匠が地獄に行くならば自分も地獄に行く」
> 九. 御書や活字は苦手。深く思考することは好きではない。
> 十. 婦人部同士の競争心は異常に強い。
> 十一.広宣流布のためなら、家庭や子供たちの犠牲はやむを得ない。
> 十二.壮年部・青年部への監視は怠らない。(すぐ上に報告する)
> 十三.上から指令があったら、撲滅の題目は進んで実行する。
 (創価学会・公明党を糺すOB有志の会 編著『サヨナラ私の池田大作』所収
  「おわりに――最強の『婦人部』を検証する」より引用)


 創価学会の婦人部には専業主婦が多いため、F取りなどの学会活動の主要な担い手にな
っている。古谷氏は、学会婦人部の特徴として上記を挙げているが、婦人部以外の男性の
学会員にも当てはまる点が多いように見受けられる。

 私はこれまでに何回か、学会員から折伏を受けたことがある。いずれも男性の学会員だ
ったが、池田大作を絶対と信じ、池田を批判されると「聞き捨てならない!」と激昂し、
創価学会の画一的な価値観に安住する連中ばかりだった。

 それに、私を折伏しようとした学会員の中で、御書を読んでいた者は、たぶん一人しか
いなかったと思う。

 創価学会の根本は、御書――日蓮遺文――などではなく、池田大作への個人崇拝である。
池田が高潔な人格者ならば、創価学会もまともな組織になったかも知れないが、実際の池
田は、「広宣流布のため」といって貧しい学会員たちから集めた金で、自分専用の豪華施
設をつくって贅沢三昧の生活をし、美人の学会員に手をつけまくるロクでもない俗物であ
り、その上〝バレないようにやれば何をやっても構わない〟という反社会的思想を持った
邪悪な人物でもある。

 創価学会の実態は、日蓮の名を騙っているだけの〝池田教〟に過ぎない。
 創価学会員の中には、他人の迷惑をかえりみない強引な折伏を行う者が、今なお多い。
それだけならまだしも、折伏に応じない者に陰湿な嫌がらせを行う者までいる。

 現世利益一辺倒の信心も、社会に迷惑をかける強引な勧誘も、本来の仏教とは何の関係
もないものだ。創価学会は仏法を冒涜していると言わざるを得ない。

 学会員の中には、邪悪で反社会的なカルトそのものである〝池田教〟にマインドコント
ロールされ、常識的な判断力を持たない者が少なくない。

 まともな人生を送りたいならば、そういうどうしようもない連中とは、関わりをもたな
い方が賢明であろう。