2017年5月16日火曜日

『人間革命』と結核

 かつて結核は「国民病」ともいわれ、不治の病として最も恐れられた感染症だった。特
に終戦後の数年間は、結核は日本人の死亡原因の第一位だった。
 物資の欠乏による栄養不良が、感染症の蔓延を引き起こしたのである。

 この時代を背景として描かれる『人間革命』にも、結核について描かれている。この小
説の主人公である戸田城聖も、表向きは著者ということになっている池田大作も、結核を
病んだことがあるので当然であるが(これまで何度も述べたが、『人間革命』の本当の執
筆者は篠原善太郎氏である)。

 『人間革命』における結核は、信心の功徳により克服されるものとして描かれている。
例えば第三巻には、昭和23年1月31日に座談会で折伏を受け、入信した夫婦について以下
のように述べられている。


>  入信した山川夫妻にも、初信の功徳は歴然とあらわれた。それは、きよのの結核で
> ある。四年まえの大喀血いらい、年一回は医者を恐怖におとしいれるような大喀血を
> 繰りかえし、特異性体質の患者として、再起不能とまでいわれていたのが、入信十日
> もたたないうちに、一日中起きていられる体となった。それと同時に、長年の神経痛
> や、膀胱炎まで癒っていたのである。生命に実感として味わった信仰の功力と、その
> 喜びに、一家も楽しく真剣に唱題していった。


 これが事実であれば、大いに結構なことである。だが当時、結核の症状が改善していた
のは、創価学会の入信者だけだったのだろうか。

 戦争終結により物資の欠乏が改善されたことや、保健所からの栄養指導を受けて、食事
からとる栄養が以前よりも改善したことにより、病気への抵抗力が強まった人は少なくな
かったはずである。

 ※ 戦後まもない時期は、栄養失調等の問題が深刻だったため、保健所が効果的な栄養
  のとり方や調理法についての指導を、積極的に行っていた。

 栄養状態の改善による病気からの回復を、「信心の功徳」と解釈することも、個人の内
面の自由ではあるが、それは客観的に検証可能な事実とは、峻別されるべきであろう。

 そして何より、当時の日本では国民病である結核の克服に向けて、占領軍の支援の下、
国家的な取り組みがなされていた。その恩恵を受けた結核患者も少なくなかったはずであ
る。公益財団法人結核予防会結核研究所が公表している資料「わが国の結核対策の歩み
から、当該部分を引用する。


>  占領軍総司令部は結核を含め感染症対策の推進は自国の将兵の安全のためにも必要
> だったため,積極的に指導と援助を行い,公衆衛生対策が強力に進められた。1947
> (昭和22)3月には結核の届出規則を改正,結核のすべての病類の届出を義務づけ,
> 翌年にはBCGを含む予防接種を法制化し,BCGは生後6ヶ月以内と,30歳になる
> まで毎年,ツ反応陰性者には接種することとされた。
>  抗結核剤SMは1944年に開発されたが,わが国に入ったのは1948(昭和23)年12月,
> GHQ(連合軍総司令部)がSMの菌株を厚生省に渡し生産を進めるよう指示し,こ
> れが軌道に乗るまでの分としてSM200kgの供与を受けてからである。これにより患
> 者発見,治療,管理,予防のすべてが一応揃ったが,①それぞれ別の法律によって施
> 行されていたので一本の法律で統一的に実施することが望まれた。②しかもこれらの
> 方策の多くはわが国の研究者が30年以上かけて築き上げてきた成果に基づいて構築さ
> れた。③1947(昭和22)年の保健所法の改正により,結核行政を厚生省から保健所ま
> で一貫して実施する体制も出来ていた。(以下略)

 ※ 引用中の“SM”とは、結核菌に効果のある抗生物質ストレプトマイシンのことである。
  ストレプトマイシンは1944年に開発され、その功績に対し1952年のノーベル生理学・
  医学賞が贈られている。


 まさに国家プロジェクトとして、結核対策が進められていたわけであるが、中でもそれ
まで有効な治療法がなかった結核に対して、ストレプトマイシンという治療薬が登場した
ことは重要である。ストレプトマイシンはその後、昭和26年(1951年)には保険適用対象
となり、同年10月からは公費負担の対象となった。

 『人間革命』では、小説の舞台となった戦後まもない時代の国際情勢、経済事情、社会
問題等の世相について、かなりの紙幅を割いて説明している。

 しかし、奇妙なことに当時の日本国民の一大関心事であったはずの結核対策や、暗い世
相の中において、輝ける希望ともいえる結核治療薬ストレプトマイシンの発見・普及につ
いては、まったく触れられていない。「信心の功徳」による病気平癒の記述は、事欠かな
いにもかかわらず……。

 上記の第三巻からの引用は、ストレプトマイシンがもたらされる以前のことではないか、
と反論される方もおられると思われるので、より後の時期を描いた第十巻からも引用する。


>  昭和二十八年九月のある日、彼女の住んでいた会社の寮に、従弟がひょっこり訪ね
> てきた。彼は永年の結核重症患者である。
>  その彼が、元気な血色でにこにこしながら、突然現れたのである。彼女は彼の出現
> が信じられなかった。
> 「まあ、どないしたんや」
>  彼女の驚愕は、彼の話を聞いて、さらに深まった。
> 「姉さん、この信心はすごいんや。信心で僕の結核が綺麗さっぱりと、こないに治っ
> たんや」  
> 「そんなこと、世の中にあるのん?」
> 「あるもないも、このとおりや。僕ばっかりやないで。姉さん、まあ聞いて」
>  従弟は座談会で聞き知った、多くの人びとの体験を、つぎつぎと語った。
>  麻田の驚愕は、強い好奇心に変わった。半生の看護婦の体験から、結核重症患者の
> あわれな末路を知りすぎるほど知っていたからである。

 ※ この後、この看護婦は創価学会に入信したとされている。


 この場面では、看護婦である麻田という女性のもとにその従弟が訪れ、創価学会に入信
したことで結核が治ったと告げているわけだが、描かれている時期は昭和28年(1953年)
であることに注目されたい。

 前述のように、昭和26年(1951年)にはストレプトマイシンは保険適用対象となり、広
く結核治療に用いられるようになっていた。その成果は大きく、昭和25年まで死亡原因一
位だった結核が、26・27年には二位になり、28年には五位にまで後退した(厚生労働省
人口動態統計年報」による)。

 看護婦を務めていた人物が、ストレプトマイシンをはじめとする化学療法の成果を知ら
ない方が不自然である。この話が事実であるとしたら、麻田という看護婦はよほど暗愚な
人物なのであろう。

 結核から回復した元患者は、当時ありふれていた。その理由は、何かの宗教に入信した
ことによるご利益などではなく、医学の進歩や保健医療体制が整備されたことである。

 『人間革命』第十巻には、池田大作(作中では「山本伸一」)による病気で苦しむ学会
員への指導も描かれているが、そこでも適切な医療への言及はない。


>  また別の質問がつづいた。
> 「肺病が治りまっか?」
> 「この私も肺病だったのですが治っています。御本尊にしっかりと唱題し、リズム正
> しい生活をし、栄養をとれば、肺病くらい治らないわけはない」

 ※ 言うまでもないが、この当時「肺病」といえば結核のことである。


 確かに結核といえども、十分な栄養を取り、健康管理に気を配れば自然治癒することは
少なくない。化学療法が普及する前は、そうするより他に治療法はなかったのも事実であ
る。だが、効果の高い治療薬が普及したのであれば、医療も重視すべきではないか。

 なんとなれば、結核は感染症であり、自分さえ治ればよいというものではない。仮に自
分が助かったとしても、抵抗力の弱い子供や老人などにうつしてしまえば、死に至らしめ
てしまうこともあり得るのである。『人間革命』の記述は、無責任極まりない。

 『人間革命』には、医療を軽視する記述があるわけではないし、創価学会にも、エホバ
の証人の輸血拒否のような、明確に医療を否定する教義があるわけでもない。

 しかしながら、『人間革命』において、結核治療に関する医療の進歩についての記述が、
不自然なほどに欠落していることから明らかなように、創価学会が医療を軽視しているこ
とは明白である。

 創価学会においては、「病気になるのは信心がおかしいから」という指導が、池田大作
以下、幹部によってなされてきたため、学会内部では、病気になってもそれを正直に言い
だせない空気がつくられてきた。

 これは決して過去の話ではない。現に池田大作は、平成22年(2010年)以降、何年も姿
を見せることができずにいる。池田自身が「病気になるのは信心がおかしいから」と言い
続けてきたため、病気やその後遺症で苦しんでいる姿を見せると、学会員を動揺させる恐
れがあるからであろう。

 創価学会は「真の宗教は完成した科学」などと主張し、唯一の「真の宗教」を自称して
きた。しかしてその実態は、医学の進歩という科学技術の成果を軽視する、非科学的なご
利益信仰に過ぎない。

 創価学会が実際にやっていることを見れば、霊感商法と何も変わらない。「財務をする
と倍になって福をもたらす、ガンなどの病気も治る」とか、「『聖教新聞』は池田先生か
らのお手紙だから、何部も購読すれば功徳がある」とか、全部何の根拠もない与太である。

 誤解のないよう申し添えるが、私は「病は気から」という昔からの言い習わしを否定す
るものではない。偽薬にも一定の効果がみられることが知られているように、気の持ちよ
うは、病気の治療においても大切である。

 その意味では、病魔に立ち向かうにあたって、信仰を心の支えにすることは決して悪い
ことではないだろう。だがそれは、適切な医療や健康管理がなされることが前提である。
信仰への偏った思い入れが、医療行為の軽視をまねくことは、治療にとって有害無益であ
ることは言うまでもない。

 また、診療にかかる代金をはるかに上回るような、高額のお布施や祈祷料、「財務」な
どを要求するような宗教は、インチキ宗教として糾弾されるべきである。

 『人間革命』が、結核が死亡原因第一位だった時代、そしてその結核を医学の進歩が克
服しつつあった時代を舞台とし、しかも作中に結核患者を何人も登場させておきながら、
ストレプトマイシンの発見・普及について何も言及していないことは、創価学会がいかに
非科学的で、前近代的な集団であるかの傍証といえよう。

 『人間革命』の非科学性は、これにとどまるものではない。今回は重要な医学の進歩に
ついての記述がない、という消極的な面を指摘したが、次回は創価学会が非科学的なイン
チキ宗教であるという、確証を挙げて論じる予定である。